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アンカレッジ経由ポーラールート

北回り飛行ルートの最大の懸念事項は、ソ連の領空を侵犯しないことです。
この制約条件、けっこう大変です。何が大変かといいますと、かなりの大回りになるからです。

 

例えば東京からパリへ飛ぼうとすると、なぜか離陸後、飛行機は北東へ進むことになります。

千島列島もカムチャツカ半島のソ連の領土ゆえ、上空通過は許されません。

ベーリング海峡を越え、ようやくアラスカ上空に入る頃、飛行機は北へ進路変更します。

その後、北極海上空を通過し、ロンドンから見て北からヨーロッパ入りするルートです、と言いたいところですが、このルートですと当時の旅客機だと航続距離が足らず、ヨーロッパへの無着陸直行便は無理でした。

そこでアラスカのアンカレッジ空港へ着陸し、ここで給油を行います。

このような給油やメンテナンスのために目的地へ到達する途中経路の空港に着陸することを、テクニカルランディングといいます。

 

1960年代に入ると、東京からニューヨーク、デトロイト、シカゴなど、アメリカ東海岸や中西部の都市への直行便ルートにもアンカレッジ国際空港が利用されるようになりました。

1970年代になると韓国や台湾などアジア各国、地域のアメリカ、ヨーロッパ路線もアンカレッジ経由を採用することとなり、アンカレッジ国際空港は1日に数十便が寄港することとなり、大いに繁盛しました。

アンカレッジ経由の北回りポーラールート、ぜひ地球儀で確認してみてください。
ヨーロッパへ飛ぶのに北極の上空を通るなんて、大変興味深いルートです。

 

北回りルート、冷戦真っ只中においてはいくつかの事故、悲劇がありました。

特に千島列島、近くを飛ぶとき、飛行機はソ連領空のすぐ横を数時間にわたり飛ばねばなりません。

代表的な悲劇は1983年9月1日に発生した、大韓航空機撃墜事件でしょう。
アンカレッジからソウルへの帰路において、航法ミスにより、ソ連の領空を侵犯してしまい、サハリン上空でソ連の戦闘機に撃墜されたのでした。
その後、航空機の技術の進歩により、東京、ニューヨーク間が無着陸飛行が可能になったことや、ソ連においても1980年代半ば、ゴルバチョフ書記長の在任中から始まったペレストロイカにより、ソ連は外貨獲得のため、シベリア上空を西側諸国の旅客機に積極開放に転換しました。

こういったことにより、北回りポーラールートを利用する飛行機は減り始め、日本航空は1991年、北回りルートを全面廃止しました。

現代ではヨーロッパ便といえばシベリアルート、アメリカ東海岸へ飛ぶとしたら、無着陸直行便が常識となっています。

 

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